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「誰のために英語を使うのか」

私はいくつかの大学で非常勤講師として英語に関連する講義を担当しています。その中に、医療通訳者としての経験から声をかけていただいて担当している医学科2年生の医学英語という科目があります。私の仕事を医学生に知ってもらうために、毎年Stanford School of Medicineの『Working with Professional Interpreters』という動画を使っています。

https://www.youtube.com/watch?v=Uhzcl2JDi48

 この動画の450秒くらいから645秒くらいまでに、中国語しか理解できない母親(患者)のために息子が医師の説明の通訳を行うシーンがあります。このシーンを見せて、問題は何か、どのような解決策があり得るのかを毎年学生に考えてもらっています。

皆さんご想像できるかと思いますが、専門のトレーニングを受けていない息子には正しい通訳ができず、医師と患者との間のコミュニケーションがきちんと成立していません。通訳者という視点から見ると、医療通訳はトレーニングを受けた人でなければ正しく行えない、と私は考えます。ところが、学生たちは全員が医師に問題があると指摘し、患者親子には問題がないと考えています。医師がもっとゆっくりと話し、息子が正しく理解できているか途中で確認をすべき、図を使って英語がわからない母親にもわかるような説明をすべき、翻訳アプリ等の活用も考えるべき、など様々な意見が出ます。近い将来自分も医師になる立場から、医師が改善できる点を考えていくのは正しいことですし、希少言語など家族以外にことばが通じる人がいないというケースも想定されるため、自分だったらどのようにこういった問題を乗り切るのかを考えるいいきっかけになるようです。

また、講義の中では自分の経験も学生に紹介します。自分が経験したことを、患者さんの国籍や年齢、性別、症状などを変えながら、医師が日本語で話した内容を私がどのように通訳をするのかを具体的に見てもらいます。まず医師の説明を学生が各自英語に訳してから、私が「医師が伝えたい内容を患者さんに理解できるように伝える」ために、どのように現場で英語で伝えたのかを示して、学生たちには自分の英訳と比較をしてもらいます。私の英語が直訳になっていないことが多く、最初は戸惑うようです。「私の今までの人生では、日本語を英訳するときはできるだけ難しい単語と文法を使って正確に訳すことが正解でした。でも、今日の講義を通して、患者さんが理解できるためには必ずしもそうではないことに気がつきました。」「単なる英作文ではなく、相手のために英語を使うというのは考えたこともない新しい視点でした。」「こういうのが生きた英語なのだと思った」という感想を寄せてくれた学生たちもいました。いったんコツをつかむと、患者さんに理解しやすい上手な説明ができるようになる学生がたくさんいます。将来が楽しみになるほどです。

 

 英語以外の言語では難しいのですが、医療通訳者の立場からのアプローチで学生のモチベーションが上がるというのはとてもうれしいことです。単発的な講義も含めて、こういった取り組みが今後広がることを願っています。(SK