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医療通訳者の「筋トレ」

 目の前で意味の分からない言葉で患者さんが話をしているという場面に居合わせたことはありますか。普段医療の現場で通訳をしている私たちにとっては、このような状況に置かれることはあまり多くないと思います。

 私は通訳以外に、コーディネーターとしてこのような場面に立ち会うことが時々あります。最初は、この単語は本当に正確に訳されているだろうか、今の医師の発言は分かりづらかったが通訳者はちゃんと伝えてくれているだろうかといらぬ心配をしたり、少し不安になったりすることもあります。だんだん通訳者を通して意味が通じていっているように思えてくると、少しずつその場にいる通訳者への期待が高まっていきます、きっとうまく伝わっているはずだと。そして自分が発言者になる場合にはできるだけ通訳者に分かりやすく伝えようと、曖昧な表現を使わないようにしている自分に気づきます。と同時に、通訳者の立場に立ってあれこれ考えを巡らせる瞬間が何度も出てきます。もし自分が通訳をするとしたらどう訳すだろうか、今の単語はどう訳したらいいんだっけ、この場合はあの動詞がしっくりくるぞなどなどと考えます。

 逆に、たとえ目の前で話されている外国語が自分には分からなくても、通訳者の態度が落ち着いている時や、話の流れがスムーズに運んでいく時などにはだんだん不安が解消されていきます。通訳者が信頼を得ていくプロセスがこうやって見えてきます。

自分には分からない言語で話が進んでいく場面に立ち会ってみると、医療従事者にもきっと自分が感じたのと似たちょっと不安な気持ちが最初はきっとあるだろうと想像できます。その分通訳者への期待が高まっていくのだと思います。

 そのような期待に応えつつ、患者さんに安心して医療を受けてもらうために、私たちは常に学んでいます。自分が通訳することだけではなく、研修や、上記のような現場で他の通訳者が通訳をしている場に居合わせることも学びになります。よい刺激にもなると思います。色々な機会を活用して普段から医療に関する情報に触れていたり、外国語を使っていたりしないと、体がなまってしまうような感じがします。そのような点では、普段の学びは私たち通訳者にとって毎日のストレッチや筋トレのようなものかもしれません。

 NAMIでは今年度もCHIP研修が始まりました。各領域の専門の先生方の講義を聴く機会と、各言語グループに分かれてのロールプレイ(語学演習)が設定されています。先生方のお話は、解剖の基礎から疾患の特徴までが網羅されています。各領域の基本をまとめて学ぶことのできる貴重な機会です。語学演習は、これほど多くの言語が集まって医療通訳研修が行われる場はほかにはなかなかないと思います。

様々な言語の医療通訳者が集まって皆で「筋トレ」ができるこのような研修の機会を是非多くの方々に活用してほしいと思います。普段一人で行っている「筋トレ」を皆で行うと、新しい気づきが得られますし、何よりシンプルに楽しいです。(YN)