慇懃無礼、遠回しの嫌味、口先だけのお世辞、こういう会話をAIはどのように通訳するのだろうか?医療現場で出てくる会話ではないと思うが、興味深い。
コロナ禍で病院への直接派遣が難しくなっている現在、その多くが電話やタブレットといった形態に変化している。このような中、改めて同行通訳のメリットが浮き彫りになったことから、逆にAIが出来ないこととは何かを考えてみた。
非言語的表現をキャッチ出来ない。
「わかりましたか?」と医療者に確認され、「わかりました」と答えてしまう患者は多い。音だけ聞くとそれはそれで終了するが、顔を見ると「わかった」顔ではない。通訳による確認作業が必要な場面だが、それは同行して非言語的表現をキャッチするからである。
また、AIではイントネーションとか声の調子から相手の思いを理解することは難しい。
先ほどの例と同様であるが、そばにいて患者の醸す雰囲気や空気感を感じてこそである。
さらに患者が母国特融のジェスチャーを交えた場合、同行通訳ならそれが何を意味するのか説明して、誤解や齟齬を未然に防げることもある。
患者に対して診察に向けての配慮が出来ない。
母国と医療環境が違っていたり、医療知識に差があったりして、外国籍女性が婦人科にかかる際、内診を嫌がるケースは多い。しかし例えば妊娠を確定させるには内診は必須である。内診の必要性を説くのは医療者であるが、同行通訳が事前に「内診があるかもしれない」と言って心構えをさせておくことはできると思う。
整理が必要な時に出来ない。
足さない、引かないが原則の医療通訳にも、時にはどうしても「介入」が必要な時があるがそのタイミングをAIは判断できないと思う。
また、現場に参加する人数が多くて交通整理が必要な時もあるが、これもAIができるとは思えない。
正しく通訳されているのだろうかという不安感を払拭しきれない。
通訳の精度に関して、医療者にしても患者にしてもAIが訳したことが本当に自分の言いたかったことなのかどうか、完全に信頼することが難しいのではないか。膨大なデータを蓄積させることによりAIも進化するという期待はある。ただ、微妙なニュアンスを完全に翻訳できる日は来るのか? また、同じ言語でも国や地方によってさらには人によっても異なる発音や言い回しなど、すべてをこなせるのか?
生身の人間がそばにいることの安心感を与えられない。
病気や治療の説明はAIが正確に訳してくれるかもしれないが、それだけある。医療通訳において正確性は第一義的ではあるが、では患者がそれで納得するかというとそれはまた別物ではないだろうか。心身共に弱っている患者のそばに体温を持った人間が寄り添うことは、患者の気持ちの支えとなる。自身の感じている疑問や質問もそのような安定した状態の中でしか出てこない。信頼のできる医師に丁寧に説明され、質問や疑問にしっかり答えてもらってこそ患者は納得し、治療に取り組もうという気持ちになるのである。誠実なやり取りを土台にした医療者と患者との信頼関係が出来ていれば たとえ結果が望んだ通りにならなくても、患者やその家族には納得と満足感が残ると思う。
医療現場はある意味、人間のぶつかり合いともいえる。信頼性は人間同士の直接のかかわりの中でしか構築できないことを考えれば、AIがどんなに進化しても、人間による通訳を凌駕する日は来ないと思う。一方AIには人間を上回るメリットもあるので、AIを上手に利用しつつ、医療者・患者双方に満足してもらえる同行通訳が主流となるのが一番理にかなっていると思う。(YY)
コメントをお書きください