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不安との闘い

日本の医療機関を受診する外国人患者さんの中には、海外からわざわざそのために来日する方もいます。ビザなど日本への入国に必要な手続きや、必要な日数滞在するための手配にある程度の時間は必要なので、よほどの緊急対応を必要とする例でない限り、医療を求めて来日する方々の相談内容は、人間ドックなどの検査や、がんの検査・治療、慢性に近い疾患の検査・治療、いわゆる難病など希少疾患の精査や、過去に行った治療のフォローなどが多くなります。どんな疾患であっても、患者さんひとりひとり診療の内容は違います。長時間にわたる手術を行う方もいれば、何度も来日して根気よく日本での治療を続ける方や、長期に滞在して通院する方、1回の受診だけで済む方もいます。多くの場合、来日するまで日本の主治医となる医師に会ったことなく、さらに間に入るコーディネーター(コーディネート会社)にも会ったことがなく、来日までの間まさに密に交わされるやり取りを通してコーディネーターや医療機関との相互の信頼関係が少しずつできて、患者さんは来日します。言葉が通じない国に、どのような生活習慣なのかもよく分からない国に、自分の健康の不安を抱えながら行く勇気に感心します。それだけ一所懸命来日する患者さんに安全に医療を受けてもらって、少しでもよくなって帰ってもらうために、医療機関も我々通訳とコーディネーターも一所懸命対応します。

 今年春先からの新型コロナウィルス感染拡大によって、患者さんだけでなく私たちも様々な不安を感じるようになりました。知らない、分からないということがどれだけ不安を大きくするかを改めて認識しました。しかし、時間がかかっても新しいウイルスに関することが少しずつ分かってくるとその分少しだけ不安が小さくなります。どのようなことなのか分からなかった「新しい生活様式」も、実践しながら何となく分かってくると不安に思っているだけでなく工夫をしてみようと思えるようにもなります。

 考えてみたら、自分の分からない言語で会話をしている患者さんと通訳を目の前にして、医師や医療従事者の方々もきっと不安を感じていたに違いありません。私たち通訳やコーディネーターは、患者さんだけでなく医療従事者の方々のためにも必要な存在です。

 その私たち自身の不安も少しでも小さくしなくてはと思います。医療機関がどのような感染症対策を講じているのか、医療機関に行く時はどのような準備をすべきかを知ることも不安を小さくすることに役立ちます。そもそも通訳やコーディネーターが医療機関に出向かないようにするために遠隔で対応する必要にも迫られます。初めは慣れなくて不安な遠隔通訳も学んだり調べたりしてやってみると少し分かって、次はこうしよう!と思えます。感染症という事情や遠隔という手段に関わらず、初めて担当する疾患や領域の通訳は不安です。でも通訳の現場に出るまでにする準備でその不安が少し小さくなるはずです。

 

 不安はいつもありますが、少し自信を持って、でも謙虚に外国人患者さんのいる場所に今後も関わっていこうと、まだ患者さんがなかなか来日できない今改めて思いつつ、自分を励ましています。(YN