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アジア言語の医療通訳をしていて思う事

■自動翻訳機 

 少数言語の通訳は人を探すのが大変だということをよく聞く。在日外国人の数から推して、その理由は、たんに専門知識が不足しているというだけではなさそうだ。現に、いくつもの研修を重ねてきたネイティブは引く手あまたで、今や通訳料の高い依頼を秤にかけている。交通費込で遠方となると、時給にして学生アルバイトの最低賃金すらもらえず、ゆうに半日は潰れてしまうときもある。そんな条件で、いつも快く引き受けてくれるネイティブの人は、”ボランティア”の中では少ない。

 少数言語の通訳のほとんどは医療関係者ではない。日本に来て、通訳技術と同時に、医療に関する知識も独学で習得している人たちだ。ネットはもちろんのこと、あまり役に立たない現地語の辞書を何冊も併用し、一生懸命に勉強をしている。無料の研修会にも積極的に参加している。しかし、何万円もかかる研修会には、「高すぎるので(そこまでして)行く気はない」と明言している。したがって、ロールプレイを企画しても人が集まらない。つまり、あくまでも医療通訳を”専門”にしようとまでは考えていない。したがって、日々の経験の中から多くのことを学んでいく。回数を重ねれば重ねるほど上達しているのが目に見えてわかる。 

 ところで、研修会であるメーカーの自動翻訳機が話題になっていた。「とくに少数言語は、病院でこれがものすごく重宝しています。みなさんのところでも是非!」と強く勧めていた。確かに医療現場では、何よりも実用性がものをいう。まったく日本語のわからない患者さんにとっても、この上ない有難いものなのだろう。しかし複雑なケースになってくると、やはり自動翻訳機では頼りにならない。これまで少数言語の医療通訳者の多くは、まずは簡単なケース、あるいは限られた診療科から経験を重ね、複雑なケースに対応してきた。この先、自動翻訳機が広まっていくと、逆に、簡単なケースで通訳経験が積めなくなるためますます経験豊富な通訳者を確保することができなくなってしまう。そう危惧するのは自分だけなのだろうか。

 

 

■何が患者のためなのか 

 医療観察法― 初めて聞いた言葉だった。法律を専門としている友人に聞いたところ、『酒鬼薔薇聖斗事件』の後にできた法律で、全国の都道府県に1カ所は専門病棟を設置しようということになったが、あまりうまく機能していないという。 

 ある日、医療観察法病棟で入院治療をしなければならなくなった患者の医療通訳に入った。家の中で暴れだし、妻に暴力をふるい収集がつかなくなったため警察に保護された。統合失調症と診断され、裁判の結果、医療観察法による措置入院となった。日本語がほとんど話せない中で、この専門病棟に最低2年間はいることになる。退院間近には、職員を帯同しての外泊も治療計画に入っている。 

 通訳当日、病棟に案内されると、そこはまるで塀のない刑務所のようだった。病棟での生活も刑務所と同様、いたって"規則正しい健康的な生活のようである。しかし患者の国では、いわゆる「食事」は12回、その間に3回のティータイムがある。さらに食べ物も、日本食とは全く違う。患者は日本にいても、その生活スタイルを変えていない。 

 ある時たまたま、別の病院の精神科研修に参加する機会があったので、このようなケースの場合、本国に帰国することが可能なのかを質問した。前例はないが可能である、というのが結論だった。この日本社会では「前例がない」というだけで、それはかなりハードルが高いのが現状である。患者の国にも、統合失調症の専門病院はある。たとえ2年間の治療を完了しても、その時にはビザが切れていて、帰国せざるを得ないことになる。社会復帰を最終目的とした入院治療ではあるが、それはあくまでも日本社会での復帰が前提となっている。言葉も文化も違う中で、”日本式”を強要することが、本当に外国人患者のためになるのだろうか。 

 

E.K