診察室に入って、医療通訳をするときには当然ながら医師の言葉、患者の言葉に集中するのは当然ですが、医師と患者のやり取りだけでなく、ふとしたつぶやきに注意を払うこともとても大切なんだなあと思わされたことがありました。精神科に通われていた患者さんは、通訳者が医師の言葉を通訳しても、いつも「何を言っているかわからない」と繰り返し、また、医師の質問に対しても全く関係ないことをどんどん話すか、暗い顔をして黙ってしまったり、ぶつぶつ小さな声で聞き取れないことを言っていたりということが続いていました。この人は、人とコミュニケーションをとるのはもう難しくなっていると誰もが思っていました。ところが、ある日、通訳者は、ぶつぶつ聞き取れないような声で患者の言っていることを聞き取り、訳しました。患者は、「聞こえない、聞こえないからわからない。聞こえない」とつぶやいていたのです。そこで、医師がもしやと聴力検査をしたところ、難聴だということが発覚、耳元でかなり大きな声を出さねば、聞こえなかったのです。それから、その申し送りをもらって担当する通訳者たちは、耳元で大きな声で通訳するようになりました。確かに、精神の病気をお持ちの方なのですが、普通にコミュニケーションは取れる方だというのがわかり、医師の質問にもしっかり答えられるようになりました。表情もみるみる明るくなりました。現在、治療もうまくいっています。
あの時、あの通訳者がつぶやきを聞き取ってきちんと訳してくれなかったらと考えると恐ろしくなります。難聴と気づいてもらうまで患者さんはどんなに心細かったことでしょう。(ya)
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